君は知っているか。
美しく可愛く献身的な少女達からなるメイド達。
そして彼女らのご主人様となるオターク族。
その2種類の住人しか存在しない夢の中の世界を。
ある者は、桃源郷と呼び。
またある者は、狡猾なる悪魔の誘惑に満ちた監獄と呼ぶ。
それは、どこにも存在しないナルランド。
住人達がボックスマン・スーフィーアと呼ぶ世界。
そして、悪魔と取引したたった一人の男によって生み出された世界。
前回のあらすじ §
いよいよ、メイがご主人様に指名される時が来た。
ご主人様に気に入られるために、仕事ぶりをアピールしなければならないのに、メイの頭は緊張で真っ白になっていた。
はたして、メイは意中の白きプリンスやレッド・ダンディに指名してもらえるのか!
第9話より続く...
第10話『恥ずべきメイドとプリンセスの矜持』 §
「仔猫ちゃん、もっと気を楽にして」
その声が、メイの心を純白を一刀両断にした。
あらゆる色がメイの意識に戻ってきた。
赤い洒落た服を来たレッド・ダンディが、ニッコリとメイに微笑んでいた。いや、表情は箱の中で分からない。ただ、微笑んでいるような気がしたのだ。
客席の彼は、ステージ上のメイをやや見上げるようなリラックスした姿勢で、更に言った。
「僕の予測が間違っていなければ、君はここでメイドとしての仕事ぶりを披露するはずだよね」
まさにその通りだった。
メイは、掃除用具や食器の配膳を行う優雅な仕草を披露することになっていた。そのための道具もステージ上に既に出されている。
「は、はい」とメイはうなずいた。「その通りです、ご主人様。大変失礼を致しました。すぐに始めさせて頂きます」
そうだ。レッド・ダンディのために、メイはアピールを行わねばならない。そして、白きプリンスのためにも。
メイは深くお辞儀をした。
その瞬間、メイは予想もしなかった音を耳にした。それは、客席のご主人様達のどよめきだった。
「萌えだ」
「萌えだ」
「可愛いお辞儀だ」
「あのメイド服で、こんなお辞儀をされたら」
「欲しい」
「欲しい」
「コレクションしたい」
「ぜひ我が手に」
「ドジっ娘メイド萌えだ」
メイは、この瞬間に、自分が恥ずべき存在であることに気付いて赤面した。
ご主人様達は、メイを気に入っている。これほどまでにメイを欲しがっている。それなのに、声を掛けてくれたレッド・ダンディに選んでもらうことしか考えていなかった。
メイドとは、けしてレッド・ダンディや白きプリンスにお仕えするために存在するわけではない。オターク族のご主人様達にご奉仕するために存在しているのだ。その程度のことは、メイドの常識中の常識。メイドのプリンセスとして育てられたメイには、特に深く教え込まれた大義であった。
そして、同時にメイは気付いた。
自分が赤面すべき立場であるのと同じように、ティーも恥ずべきなのだ。
メイドのプリンセスの教育係として、メイをレッド・ダンディや白きプリンスが選び取るように回りくどく用意された準備の数々。それらは、明らかに間違っている。メイドのあるべき姿から外れている。
メイは心を決めた。
レッド・ダンディや白きプリンスに選んで貰うためのアピールは止めよう。
メイは、用意された道具に手を伸ばす代わりに、ステージの中央に立って宣言した。
「メイドとは、ご主人様にご奉仕するために生まれた者です。私は、メイドとして、私を欲してくださるどのようなご主人様にも、ご奉仕をいたしたいと思います。私は、私のご主人様に、最もご奉仕するメイドになりたいのです。そして、ご主人様が望む通りの存在になります。メイドが特定のご主人様を望むようなことは間違っています。メイドは、選んでくれたご主人様の色に染まるべきものです。どうか、このメイを、ご主人様の色に染め上げてください」
それは、レッド・ダンディや白きプリンスの趣味に合わせるつもりはない、という宣言にでもあった。
わざわざ優しい声を掛けてくれたレッド・ダンディに対して、まるで恩を仇で返すような行為になったが、後悔はなかった。これが、メイドのプリンセスが取るべき態度だという深い確信があった。
メイは、もう一度深々と頭を下げ、そしてステージから降りた。
そこで待っていたのは、人を射殺せるのではないかと思えるほど冷たい目をしたティーであった。
メイはその視線を見て、背筋が凍った。
続く.... §
教育係のティーに逆らって予定にない宣言を行ったメイ。はたして、メイはティーにどのようなお仕置きをされるのか!
そして、レッド・ダンディや白きプリンスにアピールしなかったメイは、はたしてどのご主人様に指名されるのか!
次回に続く!
(遠野秋彦・作 ©2005 TOHNO, Akihiko)
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